- スタッフのストーリー
周りは誰も僕を諦めなかった、だから僕も1人を諦めない。

法人理事長 松下 祥貴
どんな状況であっても自分の人生を諦めてほしくない。その想いが溢れだし、『誰もが自分を諦めない社会に』との、ろーたすの理念になりました。
国にも指定されている難病『ネフローゼ症候群』。2歳半から何十回と入院生活を繰り返しました。食事も遊びも、学校生活も、『普通』が許されない毎日を幼少期から過ごしてきました。
"みんなと同じことをする"これが僕の夢でした。
高校生の時には最愛の母と死別。人のためには、我が子のためには、苦労を厭わない、そんな母と僕が最後に交わした言葉は"死んだらええねん"です。その時からただただ"母に喜んで欲しい"と思い、生きてきました。
周りの友人は、片親が普通。覚醒剤中毒の親を持つ同級生、親が自殺をして兄弟たちだけで必死で生きてきた同級生。過酷な環境で、毎日をただただ一生懸命生きる友人たち。
そんな経験から、『一番しんどい思いをしている子どもたちの役に立ちたい』と、大学を卒業してからは、志していた教員ではなく、児童養護施設で子どもたちと関わる道を選びました。そして、その中で学校に行けず、日々孤独を抱える子どもたちと出会い、26歳の時にろーたすを設立。いまに至ります。
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高校生のとき。みんな若い!笑
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大学のときの友人と。いまでも支えてくれています。
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児童養護施設での勤務時、担当の子どもたちと
振り返れば、本当に多くの人に支えて頂いた人生です。
どんな状況でも、周りは僕のことを決して諦めなかった。だからこそ、目の前の1人を、目の前の子どもたちを絶対に諦めたくない。
ろーたすの子どもたちは、毎日を、いまを、一生懸命に生きています。
【不登校】と、一言で簡単に表現するわけにはいかない、過酷な状況と、複雑な想いを抱えながら、、、
想像してみてください。お母さんが毎日お父さんから暴力を受け、命からがら夜逃げをし、学校でも馴染めず孤独感に苛まれている子どもの気持ちを。
大人に注目してもらうために、太ももにまで切り傷を作り、薬を大量服薬して救急車で運ばれる。自分を傷つけることでしか自分を表現できない子どもの気持ちを。
低学年の幼い子どもが、夜中に1人、夜の仕事をしている母親の帰りを待っているときの気持ちを。
私たちが子どもたちを決して諦めなければ、子どもたちは、自分の人生を、そして他人の人生をも『諦めない』人に成長することができます。
過去は関係ありません。”いま”この瞬間からどのように生きるのか。その”いま”があなたの未来を創る源泉です。
ろーたすのスタッフは、もちろん色んなことを”教える”役割を担うこともあります。
ですが、教えるよりも共に。
【あなたの人生の伴走者でありたい】それが私たちが抱いている最も強い想いです。
私たちも頑張ります。だから【一緒に】頑張りましょう。決して1人にしないし、1人で頑張らなくていい。
『誰もが自分を諦めない社会』の実現。自分たちだけの力では、どうしても限界があると痛感しています。
だからこそ、多くの方にも様々な形でお力添えを頂きながら、子どもたちは、ろーたすから元気に巣立つことができ、社会の中でそれぞれの人生を謳歌しています。
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2025年度ろーたす卒業式での1枚
ろーたすは、数えきれないほどの【人の想い】が折り重なって、”いま”になっています。
有難いことに、『素敵な場所だな。世界一の場所だな』と思います。
"みんなと同じことをする"ことが夢だった僕が、いまでは多くの方に囲まれて、抱いていた想い以上の人生を歩むことができています。
なぜなら【諦めなかった】から。【諦められなかったから】から。
ろーたすが、もっともっと社会に必要とされる場所になるように。
もっともっと子どもたちの希望溢れる未来を創れるように。今日この瞬間も、目一杯、全力で、生きていきたいと思います。
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こんな僕でも人のパパになれました!笑


